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複雑な現実に向き合い、よりよい未来を選び取る

2026/09/25

 三宅香(三井住友トラストグループフェロー役員サステナブルビジネス部上席調査役)、Class of 2003 

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「すべてが白か黒かで決められるわけではありません。現実には、その間に広いグレーがあります。」

そう語るのは、イオンで長年にわたり経営企画、事業経営、お客様サービス、環境・品質管理に携わり、現在は三井住友トラストグループでサステナブルビジネスに取り組む三宅香さん。

一橋ICSを修了後、三宅さんはイオンに戻り、グループの長期ビジョン策定プロジェクトをリードした。その後、アクセサリー専門店クレアーズの社長として事業経営に向き合い、お客様サービス部では、顧客の声を経営に生かす仕組みづくりに取り組んだ。さらに、環境、品質管理、気候変動へと責任範囲を広げ、現在は金融の立場からサステナビリティに向き合っている。

本対談では、ICSでの学びが、三宅さんのキャリア、経営観、そして複雑な課題に向き合うリーダーシップにどのようにつながっているのかを伺った。

 

■ 長期ビジョンを描くという仕事 

鈴木

ICSを卒業された後、どのようなキャリアを歩まれたのでしょうか。

三宅

私は企業派遣でICSに来ていたので、卒業後はそのままイオンに戻りました。帰任後に大きかったのは、2006年に「2020年ビジョンプロジェクト」のリーダーに登用されたことです。

イオンでは、3年ごとの中期計画だけではなく、その前提として10年先を見据えた長期ビジョンを置いていました。まず将来のありたい姿を描き、そこから逆算して、今何をすべきかを考える。今でこそ「バックキャスト」という言葉はよく使われますが、当時はまだそれほど一般的ではありませんでした。

鈴木

かなり早い段階から、未来を構想する経営に取り組まれていたのですね。

三宅

そうですね。プロジェクトでは、2020年の社会を見据えながら、企業としてどうあるべきか、どのような価値を提供していくべきかを1年かけて考えました。

メンバーは、スーパーマーケット、GMS、金融、専門店、コンビニなど、イオンの主要事業から集められた若手です。ホールディングス直下の横断チームのような形で、約10人で議論を重ねました。

その中で、ICSで学んだ戦略や知識創造の考え方が大きくつながりました。授業で学んでいた時には少し抽象的に感じていた理論を、自分の会社の未来を考えるために使うことができた。学びが現実の仕事と結びついた、とても面白い経験でした。 

 

■ MBAの学びを、経営の実践へ

鈴木

その後、子会社の社長も経験されていますね。

三宅

はい。クレアーズというアクセサリー専門店の子会社に、社長として出向しました。正社員が約200人、パートの方を含めると約900人、店舗も約200店舗ありました。

グループ全体から見れば小さな会社だったかもしれません。でも、一つの会社の社長である以上、すべての責任が私にありました。戦略、マーケティング、人事、ファイナンス、オペレーション。MBAで学んだことが、すべて現実の経営判断として問われる経験でした。

鈴木

まさに統合的に経営を担う立場ですね。

三宅

そうです。ケースで学んだことを思い出す場面も何度もありました。人事の問題に直面した時に、「あのケースに似ている」と思うこともありましたし、戦略やマーケティングでも、授業で扱った考え方が頭をよぎりました。

ただ、現実の経営は、ケースのようにきれいには整理されていません。戦略としては正しいと思っても、現場の人たちにどう伝えるか、どう動いてもらうかによって、結果は大きく変わります。理論を知っていることと、それを現実の組織の中で実行することは、やはり違うのだと感じました。

社長としての5年間は、決してうまくいったことばかりではありません。うまくできなかったこともたくさんあります。MBAに行ったから完璧にできた、ということでは全くありませんでした。

それでも、ICSに行っていなければ、そもそもそのチャンスは来なかったと思います。そして、MBAで学んでいたからこそ、何か問題が起きた時に、「これはあの時に学んだこととつながるかもしれない」と考えながら向き合うことができた。大成功だったとは言えないかもしれませんが、その学びがあったからこそ、何とかできたことも多かったと思います。

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■ 顧客の声を、経営に生かす

鈴木

その後、お客様サービス部を担当されたことが、キャリアの転機だったと伺いました。

三宅

はい。クレアーズから戻った後、お客様サービス部に異動しました。お客様からの苦情やクレームに対応する部署と思われがちですが、イオンでは経営上、非常に重要な位置づけにありました。お客様の声は経営に直結するものだという考え方があり、経営陣もその声を大切にしていました。私自身も、後から振り返ると、お客様サービス部での経験が、その後のキャリアの大きな転機になったと思っています。

鈴木

どのような点で、転機だったのでしょうか。

三宅

日本企業では、「マーケティング」と聞くと、広告やプロモーション、販売促進を思い浮かべる人が多いと思います。でも、本当のマーケティングはそれだけではありません。

お客様サービス部には、全国の店舗や事業から膨大なお客様の声が集まります。その声をデータとして蓄積し、お客様が何に困り、何を求めているのかを読み解き、商品やサービス、店舗運営を見直す手がかりにしていく。そこにこそ、マーケティングの原点があると思いました。

その時、ICSで学んだサービス・マネジメントやマーケティングの考え方が、私の中で一つにつながりました。

鈴木

顧客の声を、経営や価値創造につなげるということですね。

三宅

そうです。お客様サービス部での経験を通じて、お客様の声をどう経営に生かすかが、私にとって大きなテーマになりました。その後、環境や品質管理を担当するようになってからも、顧客起点、社会起点でものごとを考える土台になったと思います。 

 

■ グローバル・シチズンシップから、気候変動へ

鈴木

その社会起点の視点は、その後、サステナビリティや気候変動の取り組みにどのようにつながっていったのでしょうか。

三宅

お客様サービスに加えて、環境、さらに品質管理も担当するようになったことで、企業が社会や環境に対して果たす責任について、より具体的に考えるようになりました。

今でこそサステナビリティや脱炭素は企業経営の重要テーマですが、私がICSにいた頃は、まだ今ほど一般的な言葉ではありませんでした。SDGsやパリ協定が登場するのも、もっと後のことです。

ただ、ICSにはグローバル・シチズンシップ(Global Citizenship)の考え方がありました。企業は利益を出すだけでなく、社会や環境に対してどのような責任を持つのか。なぜそれをMBAで学ぶ必要があるのか。そういうことを、当時から強く教えられていました。

鈴木

今のワイズ・リーダー(Wise Leader)につながる源流ですね。

三宅

そうだと思います。SDGsという言葉が出てきた時も、私にはあまり違和感がありませんでした。むしろ、「それはそうだよね」という感覚でした。

その中でも、気候変動は非常に重要なテーマです。単なる環境問題ではなく、事業戦略、投資判断、そして社会の持続可能性そのものに関わる課題です。2017年頃から気候変動に深く関わるようになり、知れば知るほど、その複雑さと重要性を感じるようになりました。

 

■ 金融の世界で問われる、正解のない判断 道徳と経済のジレンマ

鈴木

現在は、金融の立場からサステナビリティに取り組まれています。イオンでの経験とは、かなり違いますか。

三宅

大きく違います。小売では、商品やサービスを通じて価値を提供していました。一方で、金融は「お金でお金を生む」仕事です。

金融の難しさは、お金そのものには色がないことです。同じ金額のお金でも、それが再生可能エネルギーに使われるのか、社会に悪影響を及ぼす事業に使われるのかによって、意味はまったく変わります。だからこそ金融機関には、単にリターンを見るだけでなく、その資金がどこに流れ、どのような社会的影響を生むのかを考える責任があると思います。

鈴木

金融機関が、資金の流れに対してどのような責任を持つのか、ということですね。

三宅

はい。金融の世界では、非常に難しい判断に直面します。たとえば、防衛産業などをどう見るのか。国際的な条約で禁止されている化学兵器等は、比較的判断しやすいかもしれません。

でも、現実にはその周辺に、判断の難しい領域が広がっています。防衛目的の装備はどう考えるのか。催涙弾や防護用のマスクはどう位置づけるのか。今現在、戦時下にある国への武器供与のように、安全保障や人道の観点が絡む場合はどう考えるのか。

単純に良い、悪いとは言えない問題がたくさんあります。

鈴木

だからこそ、どこで線を引くのかが問われるのですね。

三宅

そうです。金融の世界で難しいのは、その間にある広いグレーの領域です。どこまでなら関与できるのか、どこからは関与すべきではないのか。これを決めなければ、組織として行動できません。

ワイズ・リーダーシップ(Wise Leadership)で言われるように、善に基づいて判断することはとても大切です。ただ、現実には、個人の思いや直感だけに頼るわけにはいきません。判断の基準をつくり、プロセスを整え、その判断を説明できるようにする。そこに本当の難しさがあると感じています。

 

■ リーダーシップの形は、一つではない

鈴木

三宅さんにとって、リーダーシップとはどのようなものですか。

三宅

一言では言えないと思っています。どのような状態の組織なのか、何を目的としているのかによって、必要なリーダーシップは変わります。

強いトップダウンが必要な時もあります。ボトムアップで進めた方がよい時もあります。アジャイルに柔軟に動くべき場面もあります。リーダーシップに唯一の正解はないと思います。

鈴木

ご自身は、どのようなタイプのリーダーだと思われますか。

三宅

私は、どちらかというとボトムアップ型です。みんなの意見を聞きながら進めるタイプです。強く引っ張るタイプではありません。

それで悩んだこともあります。部下から「もっと強いリーダーシップを発揮してほしい」と言われたこともありました。でも、自分のスタイルを大きく変えることは簡単ではありません。

だからこそ、チームとして補完することが大事だと思うようになりました。強いリーダーがいるなら、その人と現場の間をつなぐ。コミュニケーションをよくし、関係を整える。それも一つのリーダーシップだと思っています。

鈴木

橋渡しや調整も、重要なリーダーシップですね。

三宅

はい。目立つ形で前に立つことだけがリーダーシップではありません。強いリーダーだけでは組織は動きません。その人を支え、チームとの間をつなぎ、組織全体が機能するようにする。それも、リーダーシップの形だと思っています 。

 

■ ICSは、社会人キャリアの原点だった

鈴木

改めて、ICSでの経験は、三宅さんにとってどのような意味を持っていますか。

三宅

私にとってICSは、社会人キャリアの原点のような場所です。

もちろん、ICSで学ぶ前から社会人ではありました。でも、後から振り返ると、ICSでの経験が、社会人としてのものの見方や考え方を大きく変えるきっかけになったように感じます。その後のさまざまな仕事の中で、ICSで学んだことを思い出す場面が何度もありました。

鈴木

授業だけではなく、学び方や人との関係も大きかったのでしょうか。

三宅

そうですね。ICSは規模が大きくない分、とても濃いコミュニティでした。教員との距離も近く、ゼミでは一人ひとりをよく見てもらえました。スタディグループでも、互いに議論し、支え合いながら学ぶ経験がありました。

ICSは“I Can’t Sleep”の略だと、みんなで言っていたくらい、本当に忙しかったです。私には当時4歳の娘がいて、朝から保育園に預け、夜に迎えに行き、ご飯を食べさせて寝かせた後、また課題に向かうような生活でした。

鈴木

本当に大変でしたね。

三宅

はい。でも、自分がどこまで頑張れるのかを知る経験でもありました。何度も辞めようと思いましたが、最後は友人たちが助けてくれました。

あの時に得たものは、授業の中身だけではありません。自分をストレッチすること。限界だと思うところを少し超えてみること。そして、最後は仲間が支えてくれること。このことは、その後の人生でも大きな支えになっています。 

 

■ 夢を、進むための軸にする

鈴木

最後に、ICSの後輩や、これからICSを目指す方に向けて、メッセージをお願いします。

三宅

夢を持ってほしいと思います。

大きな夢でも、少しばかげているように見える夢でもいいと思います。最初から明確でなくても、途中で形が変わってもいい。振り返ってみると、そうした夢や思いが、その時々の選択を支えてくれていたのだと思います。

ICSは、単に知識を学ぶ場所ではありません。自分がどのような未来をつくりたいのかを考え、そのために知識をどう使うのかを問い直す場所です。AIの時代だからこそ、未来を描き、知を統合して行動する力が必要になると思います。

鈴木

今日はお忙しいところ、ありがとうございました。三宅さんが、これまでのご経験を生かしながら、白か黒かでは割り切れない難しい課題に向き合っていらっしゃることを、とても心強く感じました。これからのご活躍を楽しみにしています。

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長期ビジョン、事業経営、顧客の声、そしてサステナブルファイナンス。三宅さんの歩みは、異なる領域に身を置きながら、その時々の現実に向き合い、企業や金融が社会に対してどのような責任を果たせるのかを考え続けるものだった。

白か黒かで割り切れない現実の中で問われるのは、正しい答えを知っていることではない。顧客の声に耳を傾け、社会に対する責任を考え、その時々の状況に応じて、組織として判断できる形をつくっていく力である。

ICSが育てようとしているのは、複雑な現実に向き合いながら、自分なりの軸を持ち、よりよい社会に向けて行動できるリーダーである。