野村一裕(株式会社ビーケージャパンホールディングス代表取締役社長 )、Class of 2012
そう語るのは、株式会社ビーケージャパンホールディングス代表取締役社長として、バーガーキングジャパンの成長を牽引する野村一裕さん。
野村さんは、一橋ICS修了後、キリンビール本社でバドワイザーの戦略立案から営業まで幅広く担当した。その後、三井農林での組織改革、ファーウェイでの経験を経て、現在に至る。
野村さんが経営で大切にしているのは、「利益を何のために生み出すのか」という問いだ。利益は、会社を大きくするためだけのものではない。社員に還元し、現場に活力を生み出すことで、よりよい顧客体験とブランドの成長につなげていく。その経営観の土台には、一橋ICSで学んだ“Maximizing Shareholder Value”の考え方がある。
野村さんに、キャリアの転機、ICSで得た学び、そして社員を起点に会社を強くする経営についてお話を伺った。
鈴木
まずは、ICS修了後のキリンビールでのご経験について教えてください。本社では、どのようなお仕事を担当されたのでしょうか。
野村
はい。ICSを卒業した後、現場から本社に移り、バドワイザーというブランドを任せてもらいました。戦略づくりから営業まで幅広く関わり、いわば「ゼロから11まで」やらせてもらった感覚です。
例えば、仙台の営業現場でビールジョッキが足りないと聞けば、ガラスメーカーに直接連絡して増産をお願いする。ブランド戦略を考えるだけでなく、そんな細かな実務まで担当していました。
大企業には、多くの専門性を束ね、大きな事業を動かしていく力があります。その中で、戦略から現場での実行まで、一気通貫で経験できたことは、僕にとって非常に大きかったですね。
この経験を通じて、自分は事業を広い視野で捉え、自分で考え、判断し、その結果まで責任を持つことにやりがいを感じるのだと気づきました。振り返ると、自分が仕事で何を大切にしたいのかを考える、大きな出発点になったと思います。
鈴木
その後は、三井農林やファーウェイなど、異なる環境でも経験を積まれていますね。
野村
はい。三井農林では組織改革に関わり、ファーウェイでは仕事の進め方のスピードに驚かされました。
鈴木
どのような点が印象的でしたか。
野村
極端な話、「3日で戦略を作り直せ」と言われるような環境でした。
そういう環境では、自分で判断するしかありません。誰かが正解を教えてくれるわけではない。目の前の状況を見て、自分で決めて、動く。その力はかなり鍛えられたと思います。
鈴木
そうした経験を重ねる中で、キャリア選択の軸になっていたものは何でしょうか。
野村
一貫していたのは、「どれだけインパクトを出せるか」です。
会社名や肩書きそのものよりも、自分がその場所で何を変えられるのか、どれだけ人や組織に前向きな影響を与えられるのかを大事にしてきました。
鈴木
その「インパクト」とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。
野村
目の前の組織をどう元気にできるか。そこで働く人をどう元気にできるかです。そういうインパクトを出せる場所であれば、自分にとって意味がある。そう考えるようになりました。
鈴木
現在の経営スタイルについて伺いたいのですが、かなり特徴的ですよね。
野村
よく言うのは、「お客様は最後です。まず社員です」ということです。
鈴木
一見すると、少し意外に聞こえるかもしれませんね。
野村
そうですね。でも、考え方はシンプルです。
お客様にサービスを届けるのは、現場で働く社員です。社員が元気に働けなければ、お客様にいいサービスは提供できない。だから、お客様に喜んでもらうためにも、まず社員を大切にする。そういう順番なんです。
鈴木
その背景には、どのような思いがあるのでしょうか。
野村
やっぱり、社員を笑顔にしたいし、幸せにしたいんです。
そのために、業界全体の給与水準も上げていきたいと思っています。自分たちだけが良くなるのではなく、この業界自体がもっとリスペクトされるようにしたい。
鈴木
とても大きなビジョンですね。具体的には、どのような判断につながっているのでしょうか。
野村
例えば、予算があったときに、短期的な広告や販促だけに使うのではなく、社員に還元することを優先したいと考えています。
現場のモチベーションが上がれば、結果的にサービスの質が上がります。それが、お客様の体験を良くし、ブランドの価値にもつながっていくと思っています。
鈴木
社員への投資が、長期的にはブランド価値を高めるということですね。
野村
そうです。実際に、利益が出たときには、賞与などの形でしっかり還元していますし、働く環境の改善にも投資しています。
例えば、本社のオフィスでは、以前、お昼になると電子レンジの前に列ができていたんです。家庭用の電子レンジだったので、一人分を温めるのに2、3分かかる。それで業務用に替えたら、20秒ほどで温められるようになりました。
小さなことですが、こうした日々の不便を減らすことも大事だと思っています。MBAで学んだ、どこにボトルネックがあるのかを考える視点は、こういうところでも生きていますね。
「ありがとう」と言葉で伝えるだけでは、十分に伝わらないこともあります。だからこそ、きちんと形で示すことが大事だと思っています。
鈴木
社員を起点に会社を強くしていくうえで、リーダーとしての役割をどう捉えていますか。
野村
「起爆剤」だと思っています。
組織は、結局エネルギーで動いていると思うんです。誰かが火をつけなければ、なかなか動き出さない。
鈴木
その“火”は、どのように生まれるのでしょうか。
野村
やはり、人だと思います。採用でも、能力だけでなく、「周りに影響を与える人」かどうかを見ています。
ものすごく仕事ができるというだけではなく、その人がいることで周囲が前向きになる。みんなが「よし、やろう」と思える。そういう人がいると、組織は一気に変わります。
リーダー自身も同じだと思います。自分が何かをして、周りの人が動き出す。会社の中にエネルギーが生まれていく。そういう火をつけることが、リーダーの大事な役割だと思っています。
鈴木
組織に火をつけるには、一人ひとりとどう向き合うかも大切だと思います。ご自身の関わり方を見直された経験はありますか。
野村
あります。ITの分野で、僕がとても信頼していたメンバーがいました。専門性が高く、仕事も非常によくできる人だったので、細かく口を出さず、本人に任せるのが一番だと思っていたんです。
ところがある時、「仕事がつまらなくなってきた。辞めようかと思っている」と言われました。
話を聞いてみると、僕はその人と十分に対話できていなかったんです。仕事ができるからこそ、任せきりになっていたんですね。
鈴木
信頼して任せているつもりでも、気づかないうちに放任になってしまうことがあるのですね。
野村
そうなんです。そこは素直に謝って、「もっと教えてください」と伝えました。それから、意識して対話するようにしました。
すると、その人の考えや強みが、以前よりもよく見えるようになったんです。その後、より大きなチームを任せるようになり、本人もやりがいを感じて取り組んでくれるようになりました。
鈴木
専門性の高い人を信頼して任せながらも、対話を続けることが大切なのですね。
野村
そうだと思います。リーダーがすべての分野に詳しいわけではありません。むしろ、メンバーの方が専門性の高い領域はたくさんあります。
だからこそ、相手を信頼して任せながらも、自分が知らないことは謙虚に教えてもらう。相手が何を考え、何を大切にしているのかを理解しようとする。
任せるだけでは見えてこないことも、対話を通じて見えてくる。その経験から、僕自身も関わり方を変えていくことの大切さを学びました。
鈴木
改めて、ICSでの学びはどのように活きていますか。
野村
経営者としての責任が大きくなるにつれて、ICSで学んだことが、さまざまな場面で生きていると感じます。
特に大きいのは二つあります。
一つは、経営に必要な基礎を横断的に学べたことです。ファイナンス、マーケティング、オペレーション、IT、組織論といった領域を一通り学んだことで、今、社長として各分野の専門家と話すときに、相手が何を言っているのかを理解しながら議論できます。
自分自身がすべての専門家である必要はありません。ただ、最低限のベースがあることで、ポイントを押さえて話を聞き、良い質問を投げかけることができる。その結果として、専門家の考えていることを引き出し、意思決定につなげやすくなったと思います。
鈴木
もう一つは、どのような点でしょうか。
野村
もう一つは、「Maximizing Shareholder Value」という考え方です。
ICSに来るまでは、お金を稼ぐことや利益を出すことの意味を、そこまで深く考えていませんでした。でもICSで、価値を最大化するとは何かを学び、利益を出すことの意味が腹落ちしました。
単に儲けるという話ではありません。利益があるからこそ投資ができる。社員にも還元できる。会社として持続できる。
鈴木
バーガーキングジャパンの立て直しでも、そうした考え方が重要だったのでしょうか。
野村
そうですね。僕が関わり始めた頃、ブランドは厳しい状況にありました。
まずは、利益を生み出せる事業にしなければならない。社員のために何かをしたいと思っても、会社が続かなければ意味がありません。
実際に経営に関わるようになって、ICSで学んだ「Maximizing Shareholder Value」の意味を、改めて実感するようになりました。
鈴木
一方で、投資家が求める成果と社員への還元を両立させるのは、簡単ではないのではないでしょうか。
野村
そうですね。投資家にはきちんと結果を示さなければならないし、僕自身は社員にも利益を還元したい。
社員に喜んでもらいたいと思っていても、会社を続けるためには厳しいことを伝えなければならない場面もあります。
だからこそ、利益を生み出すことと、その利益をどう使うかを、両方考えなければならない。そのバランスをとることは難しいですが、僕はそこに経営の面白さも感じています。
鈴木
最後に、現役生、そしてこれからICSを目指す方へメッセージをお願いします。
野村
僕がICSで身につけたことで、今も特に役立っているのは、「自分で考える習慣」だと思います。
仕事をしていると、次から次へといろいろな課題が来ますよね。それを右から左へ流すのではなく、たとえ5分でも立ち止まって、自分で考えてみる。本当にこれでいいのか。もっとよいやり方はないのか。
そうやって考えることで、ただ仕事をこなすのではなく、自分なりの判断を加えられるようになると思うんです。
経営でも、簡単に答えが出ないことばかりです。だからこそ、周りの人の知恵も借りながら、自分で考え、判断し、行動することが大切なのだと思います。
ICSでは、ケースを通じて、毎日のように考え、議論し、意思決定する経験を積みます。その繰り返しの中で身につく「考える習慣」は、卒業後、どんな仕事でも必ず生きてくると思います。
鈴木
今日はお忙しいところ、ありがとうございました。ICSでの学びを、バーガーキングジャパンでの経営に実践されていることを、とても心強く感じました。
これからも、社員の皆さんが誇りを持って働ける環境を大切にしながら、組織に活力を生み出し、お客様に愛されるブランドとして、バーガーキングがさらに飛躍していくことを楽しみにしています。
利益を生み出すことと、社員を幸せにすること。経営の現実では、この二つを簡単に両立できるわけではない。だからこそ、限られた資源を何に使い、何を優先するのかが問われる。
野村さんは、その判断の中心に社員を置いている。利益を生み出す責任を果たしながら、その利益をどのように社員に還元し、組織の成長につなげていくのか。人を大切にするという思いを、日々の経営判断を通じて形にしている。
そして、人の力を引き出すには、リーダー自身も学び、変わり続ける必要がある。相手の専門性を尊重し、信頼して任せながらも、謙虚に対話を重ねる。野村さんが実践しているのは、経営の成果を追求する厳しさと、人に向き合う謙虚さを併せ持つリーダーシップである。
ICSが育てようとしているのは、一見相反する価値を二者択一にせず、「どちらも」を追求しながら、新たな価値を生み出していくリーダーである。